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広島高等裁判所 昭和46年(ネ)250号 判決 1973年5月23日

主文

本件控訴を棄却する。

本件附帯控訴にもとづき原判決を次のとおり変更する。

控訴人(附帯被控訴人)は被控訴人(附帯控訴人)に対し、金一、八〇六、三三三円およびこれに対する昭和四一年一月一七日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

被控訴人(附帯控訴人)のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じてこれを三分し、その一を被控訴人(附帯控訴人)の、その余を控訴人(附帯被控訴人)の負担とする。

この判決は被控訴人(附帯控訴人)の勝訴部分にかぎり仮に執行することができる。

事実

控訴人代理人は、「原判決中控訴人敗訴部分を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」旨の判決を求め、被控訴人(附帯控訴人)代理人は、控訴棄却の判決を求め、附帯控訴として、「原判決を次のとおり変更する。附帯被控訴人は附帯控訴人に対し、四、三九六、〇六九円およびこれに対する昭和四一年一一月一七日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。(原審における請求金額、二、一七〇、七四八円およびこれに対する昭和四四年八月一五日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を右のとおり拡張した。)附帯控訴費用は附帯被控訴人の負担とする。」旨の判決を求め、附帯被控訴人代理人は「本件附帯控訴を棄却する。附帯控訴費用は附帯控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の主張ならびに証拠関係は左記に補足、訂正するほか、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

一  被控訴人(附帯控訴人、以下被控訴人と略称)の主張

原判決二枚目裏七行および同三枚目表二行に「六二万五、三二一円」とあるのを「一二五万〇、六四二円」と、同二枚目裏末行に「三五パーセント」とあるのを「七〇パーセント」と、同三枚目表三行の慰藉料「一〇〇万円」とあるのを「二〇〇万円」とそれぞれ訂正し、同三枚目表一一行から同三枚目裏一行までを削除する。被控訴人主張の損害項目に弁護士費用として六〇万円を加える。よつて損害合計四、三九六、〇六九円およびこれに対する本件事故の翌日である昭和四一年一一月一七日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員の支払を求める。

二  控訴人(附帯被控訴人、以下控訴人と略称)の主張

(一)  被控訴人の主張の損害拡張部分はすべて争う。

(二)  右拡張部分は本件事故の日からすでに三年を経過した後の請求であるから、かりに被控訴人にその損害賠償請求権があるとしても時効により消滅しており、控訴人は本訴において右時効を援用する。

(三)  控訴人は本件事故直前に軽二輪自動車(以下軽二輪という)の速度を時速一六、七キロメートルに減じ、スリツプ痕を残さず停止した。なお被控訴人の右眼は事故当時白内障にかかつていたものである。

三  証拠関係〔略〕

理由

一  被控訴人主張の本件事故が発生したことは当事者間に争いがない。

二  控訴人の責任について。

控訴人がその所有する軽二輪を本件事故当時自ら運転していたことは当事者間に争いがないから、運行供用者として自賠法第三条但書の免責事由がないかぎり、本件事故から生じた被控訴人の損害を賠償すべき責任がある。そこで控訴人主張の免責の抗弁について判断する。

〔証拠略〕を総合すると、原判決五枚目裏五行から同六枚目表七行まで記載の事実のほか、衝突地点は歩道縁から約二・五メートル車道内に入つた横断歩道上であり、軽二輪は同地点から約五メートル進行して停止したこと、被控訴人は事故当時六四才で和服を着ていたことが認められる。右認定に反する〔証拠略〕は措信できない。

ところで横断歩道に接近し、通過しようとする自動車運転者は歩行者がいないときは格別、現に横断歩行者がおり、その後から続いて横断しようとする者があると予想される場合、前方の安全を確認し、減速、徐行しあるいは横断歩道の手前で一時停止するなどの注意義務があるというべきである。しかるに、右認定事実によると、控訴人は軽二輪の時速約二〇キロメートルのままで、あらかじめ減速、徐行等の措置も取らなかつたばかりか、被控訴人の動静に十分注意をせず、漫然と進行したため本件事故を惹起したのであるから、控訴人に過失があることは明らかである。そうすると、控訴人の免責の抗弁はその余について判断するまでもなく採用することができない。

三  被控訴人の損害について

(被控訴人の治療経過、症状)

〔証拠略〕によると、被控訴人は昭和四一年一一月一六日から翌四二年四月一七日まで約五か月間済生会山口病院に入院し、その後昭和四三年五月一四日まで国立湯田温泉病院等に通院して、左大腿骨頸部骨折の治療をうけたこと、二回にわたる手術をうけたが、左下肢が二センチメートル短縮し、左股関節屈曲および伸長各一八〇度、内転一九度、外転二七度で正座することができず、杖を用いれば歩行は可能であるが走ることができない後遺症を残す結果となつたことが認められ、この認定に反する証拠はない。右後遺症は自賠法施行令別表一三級八号(旧一一級八号)、同一〇級一〇号(旧八級一〇号)にあたり、結局同令第二条により九級(旧七級)の後遺障害等級に該当する。

(一)  入院雑費(一七、九九一円)

原審における〔証拠略〕によると、被控訴人が前記入院中の雑費として一七、九九一円を支出したことが認められる。

(二)  休業損および得べかりし利益の喪失(計一、〇二六、二五九円)

〔証拠略〕によると、被控訴人は本件事故前旅館などに出張して花道の教授をして少くとも月収二九、〇〇〇円を得ていたこと、事故後昭和四三年五月一四日ごろまでの治療期間中、全くこの仕事に就けなかつたが、その後においても足が不自由な後遺症のため仕事をしていないこと、被控訴人は明治三四年一二月一四日生れで(事故当時は六五才になる直前)あることがそれぞれ認められる。

被控訴人が本件事故に遭遇しなければ少くとも事故後五年間は花道教授を続けることができたものと考えられ、治療期間中の一八か月間は右月収二九、〇〇〇円により月別ホフマン式系数表により中間利息を控訴したうえ算定すると、五〇二、三四〇円となる。ところが、その後も従前どおり花道教授をすることができなかつたが、創意工夫によつては、この職を少しでも続けることができないわけではないから、控え目な算定として五割の喪失利益を認めて前同様に算定すると、五二三、九一九円となる。

(算式 二九、〇〇〇×(五三・四五四五-一七・三二二一)×〇・五)

(三)  慰藉料(一五〇万円)

前記被控訴人の治療経過、症状、本件事故の態様(ただし後記被控訴人の過失を除く)、その他諸般の事情を斟酌し、被控訴人の被つた精神的苦痛に対する損害として一五〇万円をもつて相当とする。

四  過失相殺について

〔証拠略〕によると、被控訴人の右眼は白内障にかかり、事故当時には物がかすんで見える状態であつたことが認められ、そのうえ前記三に認定したとおり被控訴人は右側の安全を確認せず、小走りで横断をはじめている。右眼が白内障であることを自覚している以上、一層左右への安全に注意して歩行すべきであつたから、被控訴人にも過失があることは明らかである。その過失の程度は、前示損害額につき一五パーセントを減ずる程度とするのが相当である。

ところで、〔証拠略〕によると、原判決四枚目裏五行から同末行まで記載のとおり、被控訴人が治療関係費合計四二七、九〇七円を要したことが認められるから、前記損害額にこれを加算して過失相殺すると、二、五二六、三三三円となる。

五  損益相殺

被控訴人が自賠責保険金として八九万円の支払をうけたことは当事者間に争いがないから、右損害額からこれを差引くと一、六三六、三三三円となる。

六  弁護士費用(一七万円)

被控訴人が第一、二審を通じ弁護士井貫武亮に本件訴訟の追行を委任し、すでに着手金を支払い、また報酬支払義務を負担していることは、当審における被控訴人本人尋問の結果により明らかであり、本件事案の難易、請求認容額等の諸般の事情を考慮して一七万円を本件事故と相当因果関係のある被控訴人の損害と認める。

七  控訴人の消滅時効の抗弁について

本件事故の発生が前示のとおり昭和四一年一一月一六日であり、被控訴人が附帯控訴により請求を拡張したのは、昭和四六年一〇月一九日であること記録上明白であるから、事故発生日から三年経過していることは明らかである。ところで一個の債権の数量的な一部について権利を行使する旨を明示して訴を提起した場合には、時効中断の効力は訴求金額の範囲に限つてしか生じないから、残部につき請求を拡張すれば、その段階で先の一部請求とは別に消滅時効が完成したか否かを判断されることとなる。ところが、右趣旨が明示されていないときは、請求額を訴訟物たる債権の全部として訴求したものと解すべく、この場合には訴提起により、右債権の同一性の範囲内で、その全部につき時効中断の効力を生ずるものと解される。(最高裁昭和四五年七月二四日集二四巻七号一一七七頁参照)しかして、本件の訴訟物は不法行為にもとづく一つの損害賠償請求権と解すべきであるが、記録上被控訴人が一部請求の趣旨を明示したものとみられる節はどこにもみあたらない。したがつて本件損害賠償請求権の全部は本訴提起(昭和四四年八月一日)によつて、その訴訟物となり、後に請求を拡張した部分も本訴提起の時にすでに裁判上請求がされたものと解するのが相当であるから、控訴人の右抗弁は採用しない。

八  結論

そうすると、被控訴人の本訴請求は、一、八〇六、三三三円およびこれに対する本件事故の翌日である昭和四一年一一月一七日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において正当として認容し、その余を失当として棄却すべきである。

よつて、控訴人の本件控訴を棄却し、被控訴人の附帯控訴にもとづき、原判決を右の趣旨に従つて変更することとし、訴訟費用の負担について、民訴法第九六条、第九二条、第八九条を仮執行の宣言について同法第一九六条第一項をそれぞれ適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 胡田勲 森川憲明 藤本清)

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